YD125の世界
YAMAHA-BUSINESS-YD125

ビジネスバイクのYD125がなぜかこんな形に..!
(上の写真をクリックすると15枚の写真が簡単なコメント付きで見ることができます)
爺のYD125ヘの思い。
何年前でしょうか British Bike にあこがれ バイクをいじりたいと思い 本を読みあさり 物色しだして 125cc手頃(大きくもなく小さくもなく)
で単気筒 ビジバイ壊れない神話を信じて 上野で見つけたのがこれ。
サラリーマンの身 金が有るわけでなし こつこつと見てくれだけの終わりなき改造(ただ単に取ったり付けたりの繰り返し)に取りかかり 早、、年 未だ完成せず
現在進行形です。
いじりながら 乗り回し、買って2年目 ねぶた祭り見たさに北へ 11時間走り盛岡でダウン、ねぶたがさんさ祭りに変わり
(祭りなら何でも可)次の日 12時間かけて雨の中 宇都宮へ、帰ってきて 又しこしこ取ったり付けたり、、、。
SRのように 部品が有るわけでもなく 全て現物合わせ、、これが何とも、、、。
部品 買って来る、もらって来る(こっちのほうが多かったりして)しかし 付かない、それからが部品を切ったり
穴を開けたり これ又 大変 大変、そんなこんなで 今の型たになりましたが 息子曰く 年寄りの乗るバイクではない!。
爺もそう思います、、、、、、こんなになるとは。
主な 取った、付けたは。
マフラー、SRの2本出しの1本で デットストック品。メーターは 白地とトリップ付きで、、、、何はともあれ上の写真をクリックして下さい。
見えない部分では。
フロントのスプロケ ビジバイお得意のローが役立たずで セロー?か何かのを、現物合わせで、、。
フロントウインカー(正式にはフロントフラッシャー ?)を 年寄りの乗るバイクではないと言った息子が乗っていたクラブマンを見てダブル球に(リレーも交換)
(97年7月 修正)
(何年前・・・平成5年6月1日交付でした どピンクのナンバー交付が)

YDの反逆・・・・・いえいえ メンテしない とどがわるいのです、、、。
この頃 GLばかりかまっていたので久しぶりにYDで海へ(那珂湊の市場で回転寿司を食べようと、、、いたって動機は不純)
と引っ張り出したら なんと シートはネコさんの足跡だらけ、、、、。
我が家のガレージ のらさんの家なんですヨ、昔はお産までしたヤカラもいましたっけ、、、、。
乗り出して やや 少し空気圧が甘いかな?、、、、でも 軽やかで少し高めのタンタンタンと
いつものリズミカルな排気音に気を良くして 気にもせず町を走りぬけ 山を越えたところで 雨がポツポツ、、、
コンビニへ避難、一服していると 霧雨となり薄日が、、、 で カッパも着ず元気に飛び出したら
お尻が ウネッ、、、、、。
コンビニに入るとき 確かに コツンとショックあったんです、途方にくれ、乱視の目を
こらせば 百メートルほど先に交番の標識、、、、お得意のバイク押し、、、、。
(出てきたお兄さん あえて おまわりさんとは言いません、なんせ シャツにパンツ姿でしたから、、、)
バイクのパンク修理してくれる所を聞いたら、軽く「町まで出ないとないよ」
考えた末 ギヤをローにして 半クラッチで、バイクの早さで 歩くと言うより小走りで
2キロ程、、、、これって 結構疲れます。
バイク屋さんについたときは 汗と雨で びしょびしょ。
想像して見て下さい、足の短い とどが バイクに引きずられている姿を、、、。
所持金5000+α円 チューブを交換して 残ったお金は千円札一枚と小銭少々 お昼は 那珂湊の回転寿司ヨ、、、が コンビニのパンを 霧雨の海辺で食べてました。
帰って Suzumeさんに話したら 天罰ヨ YD洗わないからサ!、パンダ洗わない Suzumeさんに
言われたくは無いと心で思っても、もちろん異論はなく で 早速 洗車 洗車、、、。
続き 数週間後 交番の前を夜中通ったら明かりついていませんでした、錆びた 交番の標識(看板、、?)が有っただけでした。
ひょっとして お兄さんは タヌキさん??? まさか 昼間っから!。
(98年8月)
このページに YDにごめんなさいのつもりで 6匹の蛍を放しました。(NN4xのみ対応しています)

' 98年 夏 とどの家出
8月20日(木)、21日(金)と 夏休み 土、日を入れて4連休。18日に会社へ行くと 19日も休み、、、(もちろん会社の都合です)
19日から23日まで5連休、、、、。今日(18日)大洗から フェリーに乗れば 明日の夜には 北海道、、、、Suzumeさん
東京だから Suzumeさんのいぬ間に荷物作りも出来る、、、。
それから お金の工面、、、心配なのは 天気だけ というノーテンキとどに
早変わり、、、。
会社を出た 19時25分は雨、、、、。 家についたのが20時すぎで 雨本降り、、、、。
メールをチェックし 荷物を作りでテンヤワンヤ 21時に家を出れば間に合うはずが 荷物が出来上がったのが21時30分、
その少し後には ばたばたと家を飛び出して 後は大雨の中をただただ 走る、いつもの事と思いつつ、真っ暗闇の中を 10kmも
走るとブーツの中はぐしょぐしょ、、、、。
県道に出たあたりから(以前 YDに引っ張られたあたりから)小雨、水戸市内に
入ってから 完全に雨はやみ 合羽脱ぐ時間もなく走り続け、23時に
フェリー桟橋、イヤー早かった、今までの 最短記録、、、。
23時59分少し遅れて出航、、、お風呂に入り体を暖めてから 東京のSuzumeさんに電話、海にきてるの、フェリーに乗ってるのと
言った途端 一瞬の沈黙、、、、どころか ずーと沈黙、、、、思わず もしもし、、、。
いつもの事ながら、心臓 バコバコ、喉はカラカラ、、、です ハイ。
何とか事後報告(?)を済ませ 早々と、ベットに潜り込み 爆睡、、、、、、。
気がつくと10時過ぎ ぼんやりしていたら あれ? 北海道へついてから どこへ?
フェリーに乗ることだけを考えて その先、考えていませんでした。
地図をみながら とどとしては 当然 海、軽く襟裳岬往復、、、、かな!。
宇都宮に帰ってもう落ち着いたはずのSuzumeさんに 苫小牧から電話、、、。
天気予報は北海道も雨だから 霧でなにも見えない海に行くより 富良野の丘陵地帯でも回って久しぶりに 二風谷で真紀さんにも会ってきたら、、、。
なんと優しいSuzumeさん、おおせのとおりです。
霧でなにも見えない海より、霧にかすむ美瑛の丘とYD、、、絵になるなー、、、
予定変更(いや 予定もなかった!)
翌朝 苫小牧は薄日、まずは 富良野をめざす YDのあの軽やかな たんたんたんの排気音を楽しむ余裕もなく ただ 流れに乗る。
途中 二風谷で 貝澤民芸へ、真紀さんと久しぶりの再会。
今日は チプサンケのお祭りだよ、、、。言われたとたん、真紀さん 今日 泊めて、、、。
シエラフ持ってきた? と聞かれ、コーヒーを入れてくれていた お兄ちゃんに君の貸して、、、。(図々しいとど丸出し、、、)
いいですよ、の言葉に真紀さんも じゃあ、健司貸してあげて、、、 。
真紀さんのお宅 貝澤民芸は 二風谷で 木彫りや、木の皮(オヒヨウ)の飾り等を製造 販売、夏の間 ライダーハウスもやってます。
とど爺とSuzumeさん 数年前から お邪魔虫をしてました、昨年の北海道はコースの関係で寄れませんでした。
で 泊まる所も決まり 後は お祭りだー、、、チセで始まる厳粛なはずのお祭り。(最初は厳粛でした)
みなさんも一緒に踊ってくださいの言葉に 早速 とども 踊りの輪の中に、、、後は 分かりますネ。

その後 シト(お餅)とカムルル(鹿汁)をごちそうになり、なぜか とどのとこにはビールも??。
(世話役のお姉さん 持って来てくれるのです、それも 次々と、、、?)
最前列に陣どった とどの回りだけしっかり 地元の方たちと一緒 の乗りでした、、、。
チセでのお祭りが一段落して次は 水遊び、チブ(丸木船)に乗るべく 川へ、、。
ライフジャケットをつけて 転覆しまくる丸木船はさけ、一番大きな丸木船に乗り込んだまでは良かったのですが、丸木船の中は水浸し、お尻はびっしょり、、。
周りからは水をかけられ、転覆しなくても びしょぬれ、久しぶり(いつもか!)に 童心に
もどれました。

無事 川遊びも終わり、夜の 盆踊りに備えるべく 真紀さんのお宅に戻り
一息ついている頃から 又 雨。
盆踊りの最後のイベント仮装大会は 雨の中、 貝澤民芸店 健司さん始め 居候一族(?)フランケンシュタイン、透明人間、ドラキュラらしき怪しい怪獣(?)
等々で 入賞をねらい いざ出陣、、、。
仮装の部 一位は逃したものの 上位を独占しました、イヤー、みなさん 乗っていまし
たから、、、 。
それにしても 守さん(真紀さんのお兄さん)のカッター一つで、小道具の
大きなノコギリ等を次々と作り出す姿にただただ感心、、、。

後は ダベリング、、、ライダーハウス、皆 若者、、、そこに 場違いな年寄りが、、、さすがにおどろいていました。
話だしたら皆さんの悩みを聞くはめに、、、話の内容は実に面白い事ばかりなのですが、長くなるので カット、、、、、。
一つだけ、、、、なぜ髪の毛 をのばしているのですか?、やはりビートルズですか?、の問いに いちご白書から
抜け出せなかった と 言ったら
いちご白書って? 聞き返され さすがの とども うーん、 いちご白書が通用しなくなった、、、。
夜も更け 息子達より若い方達と枕を並べ 私のよりきれいな健司さんのシェラフで熟睡、、、(健司さんありがとう)
お祭りの後片づけを横目に富良野へ、、、今日も 薄日の差す中 ピースサインのオンパレードと
高速なみの流れで 気持ちよく走り 日高峠へ、非力な125cc全快で登りつつ
思いだしました、oil交換もやってない、、、この山の中で止まったら とどは熊の餌、、、。
何とか登り切り 後は下るだけ、途端に元気が出た、、、。
富良野には13時過ぎに着き まずは腹ごしらえ、ラベンダー羊が丘へ、美味しいラム肉で満腹 後は
美瑛、美馬牛、拓眞館、中富良野、と丘陵地帯を 心ゆくまで回り 富良野まで戻り 熊の餌にはなり
たくないと OIL交換、、、やっとの事で 藤田サイクルさん(朝日町)を見つけ 状況を説明し
ご主人作業中、奥さんにお茶をご馳走になりながら、北海道の家(建物・・トイレ等)や冬の生活ぶり
を楽しく聞き 本日ここまで。
富良野を後に きのう 熊の餌、、と考えつつ走った日高峠越えも バイクは絶好調で 残金を頭の中で計算
する余裕も・・・・思っていたより出費が、、、。

真紀さんの所で フェリー代2万円を残し 残りは息子達へおみやげを買い、
Suzumeさんには 真紀さんがくれた手彫りの髪飾りで勘弁してもらうと、苫小牧の回転寿司が食べられる、、、しっかりSORTが始まった、、、、。
別れを惜しみつつ 苫小牧へひた走り、、、、、いつも寄る駅前の回転寿司屋さんで、Suzumeさん ごめんと心で思いつつしっかり食べました。
満腹、満腹、、、その後 フェリー乗り場へ、、、乗船手続きが終わり お釣りを持って コンビニへ、夕食の弁当とこれから船の中で食べ続ける パン、ウーロン茶を買い
桟橋まで取って返し、感傷にひたることもなく うとうと、、、、。
来たときとのフェリーとは大違い、満員の船の中 コンビニで買い占めた パンを食べながら 年寄
りの小さな家出、ささやかな冒険は20日19時過ぎ 大洗へ到着、残り100km弱をホクレンの HOKKAIDO`98の旗をなびかせて走り、残金 2657円を残し 21時45分無事終了しました。
ちなみに「とど爺」は当分の間、謹慎の身を 言いつけられておりました、、、、(トーゼンか!)
(98年9月)
PS.
パンとウーロン茶のわびしい船中の話を聞きつつ いつもの Todoのへそくり入れを
チェックしたらちゃんと おりたたんだ万札が入っており ハテ?!。
Todoの なげく事 なげく事 まったくドジです。
へそくり入れ場ってね 免許証入れなんです。
Todoはそれをふところに あたためて 行って帰ってきたのです。
天罰 天罰・・・・・。
Suzume(98年9月)
二風谷から蛍を一匹の連れ帰って来ました 計七匹の蛍が飛び回っています。
Suzumeさん 曰く この ぶんぶん蠅 じゃまヨ、、なんて言わないで下さい。
(NN4xのみ対応しています)

このページの感想や バイク改造の想い出など有りましたら、あの日の風(ゲストブック)にお書き下さい。